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再出発

あの駒苫が最初の優勝を飾った時のエースを覚えていますか?
じつはこのニュースを知ったのは北海道在住のSTFさんのブログでです。
その彼、岩田聖司は駒大に進学。最初は順調で将来も嘱望されていましたが、慢性的な右ひざ痛を抱え、大学野球の風潮にも馴染めず退学。故郷北海道に戻りました。
一時期は野球への情熱が冷めたものの、地元実業団チームに入り、練習場を整備してくれた理解ある社長さんや周囲の暖かい援助で再び野球の世界に戻ることとなりました。

昨日、都市対抗野球の北海道予選で彼が所属する北海道マーリンズは残念ながら2-3で帯広野球倶楽部に敗れました(岩田は未登板)。

甲子園で華やかな活躍をしてもその先の大学、社会人、プロでも活躍できるという保証は誰にもない。怪我や人間関係で挫折していく球児は山のようにいる。しかし一旦は野球の道を諦めても、たとえ行き着く先がプロでなくて休日に原っぱで行う草野球でも、野球を好きでいてくれるのが、実に嬉しいんである。



永遠の野球小僧たちばんざ~い!
岩田君がんばれよ~


以下、ニッカンの記事。 都市対抗野球北海道地区予選が15日、岩見沢市営ほかで開幕する。初戦で帯広倶楽部と対戦する北海道マーリンズ(千歳市)に今季から、04年夏の甲子園で駒大苫小牧高を初の優勝に導いた岩田聖司投手(20)が加入した。 岩田は背番号1を背負って挑んだ04年夏の甲子園で全5試合に登板し、北海道に初の優勝旗をもたらした。駒大進学後も1年生ながら東都リーグで初勝利を挙げるなど順調だったが、慢性的な右ヒザ痛に加え、大学野球の体質が合わず情熱はうせていった。06年12月に大学を辞め札幌に戻った。「ヒザは手術で治りましたが気持ちは切れていました」と振り返る。 大きな喪失感に見舞われたが野球への思いも再確認した。「初めて自分を見つめ直した。ボクにとって野球は大きな存在。野球しかないと思いました」。その思いを知った同高OBに声をかけられ、3月に北海道マーリンズに加入。あっせんされた就職先の運送会社「新日本トランシス」の角田辰哉社長(42)は岩田が入社すると約300万円で屋内練習場を建設した。岩田は仕事を終えるとそこで連日汗を流す。「仕事も覚えられ野球もできる。つらかったけど楽しかった高校の時の気持ち。充実しています」と前向きだ。 都市対抗は半年ぶりの公式戦登板だが、5月の室蘭シャークスとの練習試合では完封勝利を挙げた。もちろん、プロへの思いも捨てていない。後輩の楽天田中には「頑張ってほしい」とエールを送るものの「今にみてろと思っている。3年は本気でやる」。岩田の挑戦は始まったばかりだ。【松末守司】 ◆岩田聖司(いわた・せいじ) 1986年(昭和61)11月30日、札幌市生まれ。小学校3年から野球を始め、札幌札苗北中時代は札幌新琴似シニアリーグで全国大会出場。02年、駒大苫小牧高に進学し2年時から頭角を現す。家族は両親と弟。血液型A。175センチ、72キロ。左投げ左打ち。
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椎名多紀

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